アラニス・モリセット
Alanis Morissette

 1995年に三作目となるアルバム『ジャグド・リトル・ピル』を発表するやその恐るべき感情的かつパワフルな歌い方と、暴露的な歌詞、当時の流行だったグランジなんかも取り入れた多彩な音楽性で大ヒットを記録し、なんと全世界で2800万枚を売り、グラミー賞の主要四部門を独占受賞したアラニス・モリセットの登場は、女性歌手たちに大きなインスピレーションを与え、彼女のように感情を爆発させた歌い方をする人が増えたほどでした。椎名林檎も彼女がいなければ登場しなかったかもしれません。さて、そうした熱狂も終わって、嬉しいことにコンスタントにアルバムを発表し続けるアラニス。新しいアーティストを聞くことの少ない私としては例外的に「全面的に」好きなんですけど、みなさんはどうでしょうか?

1995 Jagged Little Pill
ジャグド・リトル・ピル

 だいたいミリオンヒット……ええと、これはビリオンヒットだけど、するCDってのは誰もが共感できるような一般的な感情や恋についていくらか独自な味付けで歌ったっていうのが多いんだろうけど、これは全然違う。ここでアラニスは「怒り」という感情を全面に押し出している。怒りや落胆といった、否定的で歌われることはあってもヒットになることはないような種類の歌を、アラニスはほんとにまったく率直に打ち出してきた。 トーリ・エイモスリズ・フェアにつながるこの系列だが、アラニスはこれをポップに味付けすることで一躍シーンのトップに躍り出た。
 正直、ここまで若い女性の心理が驚異的な効果でもって歌われているアルバムはほかに例がないと思います。誰でもこれを初めて聞けばかなりびっくりするのではないでしょうか。彼女はあまり上手な歌い手ではなく、ときどきピッチが飛びますが、それがまた効果的で、とても感情的に聞こえます。これが私のツボにはまったのは、彼女のエキゾティックな音楽趣味やそのヒップホップな音楽が耳新しかったということもあるけれど、何より若いときにしか書けないだろうその超個人的で感情的な歌詞と、たっぷりと韻を踏ませたその歌詞にねちっこくからむような歌い方です。こういう歌い方する人好きなんだよね。
 まあ、これが私個人のツボにはまるというのはよく分かるんだけど、驚きなのがこれが絶大な支持を受けたということなんだよね。

1998 Supposed Former Infatuation Junkie
  サポーズド・フォーマー・インファチュエイション・ジャンキー

 前作よりいくらか内省的になった感じのある四作目。前作のシャウトする歌い方とはがらりと変わって、丁寧に歌いあげている。バラード曲も多い。歌詞は前作のように直接的で攻撃的なものではなく、内省的になって、暗示的(あるいは皮肉的)なものになっている。歌詞はあまり韻を踏むことがなく、音楽的にも多様になっているし、自由になっている。前作のようなキャッチーなメロディーは減って、ここではメロディーよりも歌詞の方がイニシアティブをもっている。洪水のような言葉にメロディーがついていっているって感じで、ジョニ・ミッチェルを思わせるこのやり方は、彼女が音楽的に明らかに前進したことを示しています。しかしこのアルバムは前作ほどの支持をファンからは得なかった。ふふふ……やっぱりアラニスは私だけのものよ、とほくそえんでもいいでしょうか? 前作に比べるとあまりポップじゃないけど、落ち着いた雰囲気のあるこのアルバムの方をよく聞くことが多いんだよね。実際、これはアラニスが完全に自分で自分の音楽を前に進めているのがよく分かる。そゆう意味では椎名林檎の2ndに似ているよなあ。
 さて、オープニンタイトルの『フロント・ロウ』からして面白い。オーバーダビングを使ってコーラスの最中にディストーションをかけた自分の歌声を響かせたりしている。というか、いきなしアカペラで歌われる「i know he's bool but you can still turn away you don't owe him anything」も自分の声を二重に重ねて録音しているし。歌詞も恋人についてのアンヴィバレントで気まぐれな感情について歌っていて面白い。この曲はインストゥメンタルの部分が全然なくて、アラニスはひっきりなしに歌い続けているんだけど、これはこのアルバムの特徴を代表している。ほんとずっと言葉の洪水が続くんだよね。このアルバムの中でシングルカットできそうなのは二曲だけで、これも全部シングルカットできそうな前作とは対照的。んで、その二曲とは「thank u」と「so pure」。どちらも前のアルバムでは歌われなかった感情を歌っている。まあ、全部前のアルバムでは歌われなかったようなことばっかりなので面白いのだけれどね。「so pure」の中にアルバムタイトルの「Supposed Former Infatuation Junkie」という言葉が歌われているんだけど、ここの歌い方も大好きです。日本語版のノートにも書いてあるけど、同じような歌詞を呪文のように繰り返す歌もおおくて「Sympathetic Character」「That I Would Be Good」「Can't Not」「Would Not Come」「Joining You」がそれ。でも歌い方がそれぞれ違うので似たような雰囲気はないんだよね。「Would Not Come」はアラニスが自分の内面に自信を持ったことをはっきりと示す歌で、なるほど、前作との違いはこのへんにあるのだなと思わせたりもする。
 まあ、アルバムというのは続けて聞いてみると、特に個人アーティストのものの場合、その人の音楽的な変化だけでなく、その内面的な変化なんかも表したりするわけです。このアルバムはこうした点においても興味深いものになっているんだよね。ま、普通『ジャグド・リトル・ピル』みたいな激しすぎる感情をもったままずっと生きていけないわけで、どこかで自分の感情と折り合いをつけていく必要がある。その複雑で面倒な過程がこのアルバムには出ているような感じなのね。だから17曲というちょっと普通では考えられない曲数になっているんだと思う。そういう観点から見ると、このアルバムも『ジャグド・リトル・ピル』と同じく、アラニスの内面を生々しくつづった見事な傑作なんです。ほんとこういうアルバムというのは人生のある特別な局面に立っている人にしか作れない特別なもので、そうゆう時期にこれだけ自分を表現できる手段をもっているっていうのはどれだけ素晴らしいことなんだろうなあと思いますねえ。そう思ってこのアルバム聞いてみなさい、普通のポップスなんかとはぜんぜん違った価値を持つものに聞こえてくるはずだから。……とあまり一般受けしていないこのアルバムについて詳しく語ってみました。サンクス。

1999 Alanis Unplugged
MTV アンプラグド : アラニス・モリセット

未発表曲も歌われたライブ。やはり素晴らしい。

 

 

 

2002 Under Rug Swept
アンダー・ラグ・スウェプト

  歌詞はわけわからなくなっているけれど、サウンドはすごくよく、やはりバラードが目立つが、ジャグド・リトル・ピルのような激しい曲もある。

 

2004 So-Called Chaos
ソー・コールド・カオス
 

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