亡霊たちの交際とエクリチュール
フランツ・カフカ (1883−1924)
昨日はあなたの夢を見ました。こまかいことはもうほとんどおぼえていません。ただ、私たちが終始相手に移りかわり、私があなたになったり、あなたが私になったりしていたことだけは覚えています。最後にどうしてだかあなたに火がつきました。私は布切で火を消し止めることを思い出し、古い上着をつかんで、それであなたを叩きました。ところがまた変身がはじまって、あなたはもう全然そこにおらず、燃えているのはこの私であり、上着で叩いているのもこの私だ、といったひどいことになりました(中略)しかしそのうちに消防隊がやって来て、どうにかそれでもあなたは救われました。ところがそのあなたは前とはうって変わって、幽霊のよう、暗闇の中へチョークで書いたような姿なのです。そして、死んだか、あるいはおそらくただ救われたうれしさのあまり気絶したかで、私の腕の中に倒れかかってきました。ところが、そうなってもまだ変身が続いて定まりがつかず、誰かの腕の中に倒れたのは、どうも私らしいのでした。
生涯独身だったカフカは、その死の直前まで幾人かの女と関わりを持った。その中でも、彼の短篇のチェコ語翻訳者として知り合ったミレナ・イェセンスカとのやりとりは、ヨーロッパの生み出した恐怖を、想像によって現し、生きたカフカの魂奥深くにおいて交わされている。
カフカにとって、プラハ名門の出であるミレナが特別な女性であったのは、彼女がすでに結婚しており、若く、文学を解し、なによりも非ユダヤ人であり、キリスト教徒だったからである。敗戦後、プラハでは反ユダヤ運動が高まっていたこともあり、カフカはミレナに対し、ユダヤ人であることのコンプレックスを感じ続ける。当時の西欧ユダヤ人は、市民社会にとけこもうと努めており、カフカの父親もその一人だったが、カフカは、伝統を失い、根無し草になった軽薄なユダヤ人たちの嫌らしさを激しく憎んでいた。
- ユダヤ人をまさにユダヤ人(私も含めてです)として、みんな下着箪笥の引出しにでも詰め込んでしまい、さてしばらく待ってから、少々引出しを引きだして、全部窒息したかどうか確かめてみ、まだだったらまた引出しを押し込んで、という具合に何べんかこれを繰りかえし、すっかり片づけてしまいたいと思うことがよくあります。
ときには着く順が逆になるほどの手紙で、カフカはミレナに、その胸中をあけすけにうち明けた。無尽蔵の愛情を抱えるミレナは、カフカの苦悩を共有し、彼を理解しようとした。実際、二人は同じく胸の病にかかってもいた。友情は激しい愛情に変わり、愛は二人をわかりあわせ、カフカは幸せにひたりきった。
1920年、迷い迷ったあげく、カフカはミレナの勧めに応じてウィーンに訪れ、彼女と四日間をともに過ごす。それが愛の頂点だった。だがすぐに、カフカの嫉妬がこの愛に陰を投げかける。
- 「わたしは彼が好きなのです。でもF、あなたのこともわたしは好きなのです」とあなたは書いています。この文句を私は実に念を入れて読みました。一言一言です。特に「のことも」のところでは長い間立ち止まりました。みんなそのとおりです。これがそのとおりでなかったら、あなたはミレナではないでしょう。
こうして二人の愛に変化がおこり、それはカフカにとって致命的な形でおとずれる。彼がもっとも恐れることをミレナは望み始めたのだ。それは、ミレナの「別の人生」へのあこがれから生まれたものだが、カフカはすでにその望みをあきらめていた。つまり、子供を作ること。
- 全世界を私は愛しており、私の愛する世界には、あなたの左肩も、森の中で私の上になっていたあなたの顔も、みんなそこに属しているのです。しかし、他ならぬこの昼の世界と、あなたが男どもの事柄だとして軽蔑して書いてきたことのあるあの「ベッドの中の三十分間」との間には、私にとって、越えることのできない深淵が横たわっています。深淵の向こう側は夜の事柄であり、これはどんな意味でももうひとえに夜の事柄です。こちら側に世界があって、その世界を私は所有しているというのに、私は向こう側に渡らなければならないのです。気味の悪い魔術のため、手品のため、錬金術のため、魔法の指輪のためにです。真っ平です、私は恐ろしくてたまりません。
このやりとりの後、カフカは自分が汚れたものであり、しょせん「森の獣」にすぎないことを思い出したと書き送っている。ミレナという太陽には耐えられなくなり、闇の中に帰らねばならなかったと。彼女と別れることを決断したのだ。それは一つの絶望としての生き方、孤独を求めざるをえなかった者の愛の結末だったのか。
後には、膨大な量の手紙が残った。最後になってカフカは、手紙のやりとりそのものについて語っている。
人間は今までほとんど私を欺いたためしがありません。しかし手紙は常に私を欺いてまいりました。これは亡霊どもとの交際に他ならず、しかも手紙の名宛人の亡霊ばかりでなく、自分自身の亡霊との交わりでもあり、この亡霊は、書く人の手のもとで、書かれる手紙の中に書くそばから発育し、あるいはさらに、ある手紙が他の手紙を証拠づけ、この手紙を証人として引合いに出させるというときには、一連の手紙のうちにも発育してゆくものです。人間が手紙で交際できるなどと、どうしてそんなことを思いついたのでしょう!
遠い人には想いをはせ、近い人を手にとらえることならできますが、それ以外のことは一切人間の力を超えています。手紙を書くとはしかし、貪欲にそれを待ちもうけている亡霊たちの前で、裸になることに他なりません。書かれたキスは至るべきところに到達せず、途中で亡霊たちに飲みつくされてしまうのです。(中略)人類は、できるかぎり人間間の亡霊じみたものを閉めだして、自然の交際、すなわち魂の平和へ到達しようとし、鉄道、自動車、飛行機を発明しましたが、しかしこれももはや役に立ちません。すでに転落中になされた発明であるに相違なく、敵側ははるかに余裕をもち、はるかに強力で、郵便の後には電信を発明し、さらに電話、無線電話を発明しました。幽霊たちは飢える時を知らず、われわれは没落してゆくでしょう。
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引用は 『カフカ全集 第八巻
ミレナへの手紙』 (新潮社)より
ミレナは第二次大戦中ナチにとらわれ、1944年、ラーフェンスブリュック強制収容所にて病没。
参考文献
ネイハム・N・グレイツァー『カフカの恋人たち』池内紀訳、朝日新聞社。
平野嘉彦『カフカ:身体のトポス』、講談社。
坂内正『カフカの中短篇』、福武書店。
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