April Love

どこの大学でも春になると、恋をした新入生たちがあふれかえる。新入生たちは簡単に恋に落ちるから。試験づけの長い長い冬の後やっとおとずれた青い春のあたたかい陽射しのなか、もういくら落ちても大丈夫なのだからなんのためらいもなく落ちて落ちて落ちまくるのだ。「恋するということは、なかば意識を持ちながら溺れてゆくこと、甘美なまでにゆっくりと溺れてゆくこと」(金井美恵子「あかるい部屋のなかで」)。君たちは恋に落ち、意識はなかばしびれたままゆっくりと溺れてゆく。

ぼくら古参の学生は、君たちの若い恋がキャンパスに蹂躙するのを指くわえて見ているだけではない。むかし一度出してすぐひっこめた芽がふたたびうずき出すのを感じる。欲望。「四月はもっとも残酷な月 死に絶えた土地からライラックをめばえさせ 記憶と欲望をまぜあわせ 生気のない根を春雨で目覚めさせる」(T.S.エリオット「荒地」)。君たちと同じようにぼくらも、一晩中眠れないいくつもの夜をすごすことになる。

でも、たとえ君たちがすぐに今の不安定な繊細さをなくし寂しさに傷つくのを恐れることを忘れ、ぼんやりとした眼の鈍重な生き物のように梅雨の鬱陶しい黴のようになってしまう人たちだとしても、あたしは今の君たちが好きだ。新入生が一学期の間だけ発散させる醗酵したにおいがあたしたちはすきなの。きっとあなたたちはそのにおいに狂わされてしまうのね。そしてあなたたちは恋に溺れる。恋に溺れてゆくことの甘美さに溺れてゆくんだわ。我を忘れてしまわないようにと心の留め金を探してももう手遅れ、いったん走り出したら止まることなんてできないんだから。あなたたちの甘いにおいは、恋におぼれてゆく者のにおいなのかしら。

だからあたしたちはあなたたちに集まってきてほしいの。そう、あなたたちに。集え若者、恋せよ乙女。あなたたちはあたしたちに freshな空気を感じさせてくれ、言葉を欲するあなたたちは自分の言葉を探しだし、いつかは愛を得ることができるでしょう。