『わが詩と真実』(1962)
大岡信(1931.2-)

マリリン



そこからフィルムが
あらためて逆転してくる

 *

彼女の眼の抛物線は
もう夢の結晶する森にとどかない
のような死のがベッドを乗せて運ぶさきには
優しい白い像が待っているのか
閉ざされた鉛の窓が待っているのか
体じゅうの毛をおとなしくそよがせて
彼女は暗い鏡の上に
洗濯板となって横たわる
鏡の底に
メスが突立つ

だが魂の真実は
メスではさわれない

 *

歴史の透明なサングラスの下では
八月の
灼けつく丘
すべてカルヴァリオの丘であろう
マリリンに茨のありかをきくな
透明な毒のとげは
運命的な賞賛の中で育ったのに
小さな虫眼鏡で
アメリカ地図をたどり
彼女の睡眠を占領した
資本主義の癌細胞をゆびさして
こはいかに顔をそむけて語る博士たち
君たちは
自伝の中にしるすな
マリリンの名を
彼女の死の中に
君らのすべては
すでに書かれている

 *

いまは
ひとしずくの涙だけが
すべてを語りうる時代だ
裸かの死体が語る言葉を
そよぐ毛髪ほどにも正確に
語りうる文字はないだろう
文字は死の上澄みをすくって
ぷるぷる震える詩のプリンを作るだけだ

 *

彼女の両眼は陥没し
湖水となる
月光にきらきら光ながら
虫の大群のように
見渡すかぎり水面を覆い
ただよっている
フィルムの屑
その散乱する反射光が
血友病のハリウッドを
夜空に浮かびあがらせる

ほんとうの血を流して死ぬには
はだかで横たわらねばならなかった

 *

マリリン
君の魂は世界よりも騒がしく不安で
エビのひげより臆病で
世の女たちの鑑だった
アジサイの茂みからのぞく太陽
君の笑いに
かつてヤンキーの知らなかった妖精伝説の
最初の告知があった
君が眠りと眼覚めのあわいで
大きな回転ドアに入ったきり
二度と姿を見せないので
ドアのむこうとこちらとで
とてもたくさんの鬼ごっこが流行った
とてもたくさんの鬼ごっこが流行ったので
君はほんとに優しい鬼になってしまい
二度と姿を見せることが
できなくなった
そしてすべての詩は蒼ざめ
すべての涙もろい国は
蒼白な村になって
ひそかに窓を濡らさねばならなかった

 *

マリリン
マリーン

ブルー

戻る