『今晩は荒模様』(1965)
白石かずこ(1931.2-)


鳥(bird)


バイ バイ ブラックバード
数百の鳥 数千の鳥 が飛びたっていく
のではない いつも飛びたつのは一羽の鳥だ
わたしの中から
わたしのみにくい内臓をぶらさげて

わたしは おまえをみごもるたびに
目がつぶれる 盲目の中で世界を
臭いで生きる
おまえを失う時 はじめてわたしはおまえをみる
が その時 わたしの今までは死に
新しい盲目の生がうごきはじめる

バイ バイ ブラックバード と舞台で
彼は きわめて一羽の鳥になって唄い
聴衆は幾万もの耳になって 彼の鳥を追う
その時 聴衆は盲目の幾百万の羽だ
観ることのできない聴衆がそれぞれの
羽をはばたかせて鳥の亡霊になり
あの舞台の一羽の声を追いながら 暗い客席
を舞うのだ
だが誰かにわかるか どれが亡霊でなく
ほんとの鳥か       また
バイ バイ ブラックバード
ほんとに ここから飛び去っていくのは
なにものか
唄っている彼にもわからない 只 彼は夢中
で唄っている そして感じるのだ
何かが飛び去っていく今 それは確かだと
それは彼のすべっこい時であるかも知れぬ
彼の魂のごくやわらかなロースのとこかも
知れぬ また うしろめたい罪の星の記憶
かも知れぬ また一番前にすわっている子
のチューリップ型の脳髄から飛び散る な
まあたたかい血であるかも知れぬ

バイ バイ ブラックバード
わたしは鳥である
わたしが わたしを拒否しようと
むかえようと
このついばむことをやめないトガッタ嘴と
はばたく習性をもつ羽を
わたしからもぎとることができない限りは
わたしは 今日 鳥である
わたしは祈りになり 日に数回 空につきさ
さり 空から突きおとされて墜ちてくる鳥
また 墜ちてくる鳥をかかえる内蔵だ
わたしの中には これら墜ちてきた巨大な鳥
小さな鳥 やせてひねた鳥から 傲慢で
やさしい鳥まで
あるものは半ば生きてうめきながらいる
わたしは日課のようにこれらの鳥を鳥葬にする
一方
日課のように未来の鳥たちの卵をあたためる
わたしは未来を喰い破る奇怪な鳥の卵ほど
いとおしんで必死にあたためる
バイ バイ ブラックバード
わたしは奇怪な鳥になって
わたしを喰い破るあいつを一度飛びたたせよう
と思っている ほんとに
血がふきでるほど あいつを飛びたたせなく
ては
バイ バイ ブラックバードを
粋に 唄ってやりながら