イリュミナシオン
ILLUMINATIONS

大洪水のあと Après le déluge

 大洪水の記憶が落ち着くとすぐ、
 一匹の野うさぎが、イワオウギと風に揺れる釣鐘草の中に立ち止まり、蜘蛛の巣ごしに虹に祈りを捧げた。
 ああ、数々の宝石は隠れはじめ、−花たちはすでに眼を凝らしていた。
 汚い大通りには、物売りの台が立ち並び、まるで版画に描かれたみたいに、あの高みに段をなして積み上がった海に向かって、人々が小舟を曳いていった。
 血が流れた、青髯公の家で、−屠殺場で、−コロッセウムで。そんな所では、神の
印が窓をほの白く照らした。血と乳が流れた。
 ビーバーたちが巣を築いた。「マザグラン・コーヒー」が、小さなカフェで湯気を立てた。
 まだ水の滴っているガラス窓のある大きな家で、喪服姿の子供たちが不思議な絵に見入った。
 ドアが一つバタンと閉まり、村の広場で、子供たちが腕をぐるぐる振り回した。すると、あちこちの風見や鐘楼の風見鶏がその合図を理解し、激しい雹雨が降り出した。
 ×××婦人がアルプス山脈にピアノを据えた。大聖堂の数十万の祭壇で、ミサと初聖体の拝領式が厳かに執り行なわれた。
 隊商が出発した。氷河に覆われた極致の混沌のなかに、豪華ホテルが建てられた。
 その時以来、月は聞いた、タイムのにおう砂漠でジャッカルが鳴き叫び、−果樹園では木靴を履いた牧歌が恋の悩みを呟くのを。それから、芽吹きはじめたすみれ色の樹林でユーカリスがぼくに春だと告げた。
 ――湧き起これ、池よ、――泡よ、橋の上を、森を越えて、逆巻け、――黒い棺の布よ、オルガンよ、――稲妻よ、雷鳴よ、――高まり轟け、――水と悲しみよ、高まれ、そしてまた大洪水を起こしてくれ。
 というのも、大洪水が引いてしまってから以来、――ああ、埋もれていった宝石たち、それにあの開いた花たち!――退屈でしかないのだ! それにあの女王、素焼きの壺のなかで燠を焚き付けているあの魔女は、決してぼくたちに語りはしないだろう、彼女は知っていて、ぼくたちは知らないことを。


夜明け Aube

 ぼくは夏の夜明けを抱いた。
 宮殿の正面ではまだ動くものはなかった。流れは死んでいた。野営した影達は森の道を離れてはいなかった。ぼくは歩いた、生き生きとした温かい息吹きを目覚めさせながら。すると宝石たちが目をこらし、翼が音もなく舞い上がった。

 ぼくを最初に誘ったのは、すでに冷たく青白いきらめきに満ちた小道で、ぼくに名を告
げた一輪の花だった。

 ブロンドの滝(ヴァッセルファル)に微笑みかけると、彼女は樅の木の向こうで髪を振り乱した。銀色の梢にぼくは女神の姿をみとめた。

 それからぼくは一枚一枚ヴェールを剥いでいった。並木道では腕を振りながら。草原を横切り、雄鶏に彼女のことを告げながら。大きな町に来ると、彼女は鐘楼やドームの間に逃げ込んだ。ぼくは大理石の河岸を乞食のように駆けながら、彼女を追っていった。坂の上の、月桂樹の林のそばで、ぼくは集めたヴェールを彼女に巻き付けた。そのときぼくは彼女の巨大な肉体をかすかに感じた。夜明けと子供は、森のふもとに倒れた。

 目が覚めると、正午だった。

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