T.S.エリオット


荒地(The Waste Land)

四月はもっとも残酷な月 死に絶えた土地から
ライラックをめばえさせ 記憶と欲望を
まぜあわせ 生気のない根を
春雨で目覚めさせる
冬は暖かかった
何もかも忘れさせる雪で地面をおおいながら
ちいさな命を干からびた球根で養ってくれた
夏はわたしたちを驚かせた シュッタルベンガー湖の上を
にわか雨をつれてやってきて わたしたちは柱廊に立って雨宿りし
それから陽のなかを進んでホーフ・ガルテンに入り
コーヒーを飲んで、一時間ほどおしゃべりをした


「荒地」
(1922)は、第一次大戦後の精神的荒廃を描いた詩だと言われる。日本で戦後、鮎川信夫らによって「荒地」というグループが結成されたのは、この詩の影響からだった。


ここに水はなくただ岩ばかり
岩があって水はなく砂の道だけ
道は山の間を曲がりくねって進む
その山も水もない岩ばかりの山
水があればわれわれは立ち止まって飲めるのだが
岩ばかりでは立ち止まって考えることもできない
汗は乾き足は砂に埋まり
岩の間に水さえあればいいのだが
死んだ山の虫歯だらけの口は唾も吐けない
ここでは立つことも、横になることも、座ることもできず
山の中には静寂さえもなくて
雨も降らない乾いた不毛の雷の音
山の中には孤独さえもなくて
ひび割れた泥の家の戸口から
赤い、不機嫌な顔が嘲笑ったり、怒鳴ったりする
                もし水があって
   岩がなければ
   もし岩があっても
   水があるならば
   水が
   泉が
   岩の間に水溜りがあるならば
   あるいはせめて、水の音が聞こえれば
   蝉の声
   枯れ草の風音でなく
   岩の上を流れる水の音がして
   ポッ ポトッ ポッ ポトッ ポトッ ポトッ ポトッ
   とモリツグミが松林で鳴くのなら
   だが一滴の水もない

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