『雪の区域』 Schneepart (1971)

『雪の区域』はツェランの死後、遺品として発見され手稿として発表された。成立年代だからすると、『迫る光』をさかのぼるという。


(きみは) Du liegst

きみは耳そばだてて、大いなる潜みの場所によこたわっている
茂みにかこまれて、雪片にかこまれて。

きみは行け、シュプレー川へ、ハーヴェル川へ、
肉屋の吊り鉤のならぶところへ、
スウェーデン産の、
リンゴもぎ用の、赤い刃つき竿のならぶところへ――

クリスマスの贈物をのせた机がやって来る。
ひとつのエデンを折れ曲がって行く――

夫である者は、銃で蜂の巣状にされたのだった。
妻である者は、めす豚と罵られて
ラントヴェーア運河に投げこまれ、漂ったのだった。
わが身ひとつつで、誰のためにでもなく、すべての者のために――

ラントヴェーア運河は音立てないだろう。
何ひとつ
      とどこおらない。

飯吉光夫訳

 


(あとからもう一度口ごもられる世界) Die nachzustotternde Welt

ぼくがそこのしばしの客
であったことになるだろう あとから
もう一度口ごもられる世界 壁から汗のようにしたたる
ひとつの名
その壁を ひとつの傷口が なめずりながらのぼる

飯吉光夫訳


(落石) Steinschlag

甲虫たちの背後への落石。
そのときぼくは見た、嘘をつかぬ一匹が
みずからの絶望のなかに立ちかえり立ちつくすのを。

おまえの孤独の嵐のように
この一匹にもゆっくりと
ひらけゆく静けさがあたえられる。

飯吉光夫訳

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