『誰でもない者の薔薇』 Die Niemandsrose (1963)


「頌歌」 Psaume

誰も土と泥から私たちをふたたびこねることはない、
誰も私たちの塵を祝福することはない。
誰も。

讃えられてあれ、<誰でもない者>よ。
あなたのため私たちは花咲こうと
のぞむ。
あなたに
向かって。

ひとつの無
私たちはそれであった、それである、それで
ありつづけるだろう、花咲きながら、
無の、誰でもない者の
薔薇。

魂の明るみを帯びた
花柱、
天のように荒れ果てた雄しべ、
刺の
上で、その上で
私たちがかつて歌った緋色の言葉の
赤い冠。


「テュービンゲン、一月」 Tübingen, Jänner

雄弁の流れのしたで
盲目にされた、目。
それらは――「謎とは
純粋に
ほとばしりでるものだ」――、それらは
記憶する、
カモメの旋
回する、ヘルダーリン塔を。

指し物師たちの訪れ、
彼らは没している
潜水する言葉のしたに。

来るであろう、
来るであろう、ひとりの男が
来るであろう、ひとりの男がこの世に、今日
<族長たち>の光と髭をはやして、彼は、
この時代について
語るとしても、彼は
どもる、どもる
ただそれだけでよいであろう、
たえる たえる
たえることなく。

(「パラクシュ。パラクシュ。」)

フィリップ・ラクー=ラバルトの仏訳からの谷口博史による重訳

Zur Blindheit über-
redete Augen.
Ihre
― 《ein
R
ästel ist Rein-
entsprungenes
》―, ihre
Erinnerung an
schwimmende H
ölderlintürme, möwen-
umschwirrt.

Besuche ertrunkener Schreiner bei
diesen
tauchenden Worten:

Käme,
k
äme ein Mensch,
k
äme ein Mensch zur Welt, heute, mit
dem Lichtbart der
Patriarchen: er d
ürfte,
spr
äch er von dieser
Zeit, er
d
ürfte
nur lallen und lallen,
immer-, immer-
zuzu.

(《Pallaksch. Pallaksch.》)


「すべて一つになって」 In eins

二月十三日。こころの口もとに
目ざめた合言葉(シボレート)。君らとともに、
パリの
人民よ。<奴らを通すな(ノー・パサラン)>

羊たちをかたわらに従えて、スペイン、フエスカ出身の
老人アバディアスが犬たちを連れて、
野を越えて姿を現わした
一片の、人間の品位を持った雲が、
亡命者さながら、白く雲に懸かっていた。アバディアスは
僕等が必要とする言葉を僕らの手のうちに語った。その言葉には
牧人たちのスペイン語がまじっていた。

巡洋艦《オーロラ》の氷の光の中でうち振られる兄弟の手、
言葉と同じほど大きい目から外した眼帯をうち振っている手。
忘れることのできない人々の
移動する市ペトロポリスが、
トスカナでもおまえの心に懸かっていた。

茅屋に平和を!

飯吉光夫訳

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