『閾から閾へ』 Von Schwelle zu Schwelle (1955)


「合言葉」 Schibboleth

ぼくの石たちとともに、
格子のむこうで
激しく泣いて流されたものたちととも、

かれらはぼくを引きずっていった
市場の真ん中へ
そこではぼくがどんな誓いも立てなかった
あの旗が広げられている

フルート、
夜闇の二重のフルート――
思い出せ
ヴィーンとマドリッドの
暗い双子の赤を。

お前の旗を半旗にして掲げよ
思い出のために。
半旗にして、
今日、そして永久に。

心よ、
お前の素性をここでも明かせ、
ここで、市場の真ん中で。
叫べ、あの合言葉を、
故郷の異郷にとどけと、
「二月。通すな」と。

一角獣よ、
お前は石たちに通じている、
お前は水たちに通じている、
おいで、
おまえを
エストレマドーラの
あの声たちのもとへ連れて行こう。


「きみも語れ」

語れ、おまえも、
最後に語るものとして、
おまえの語りたいことを語れ。

語れ……
しかしナインをヤーからわけるな、
おまえの語りたいことにもまた意味を与えよ――
それに翳りを与えよ。

それに十分翳りを与えよ。
きみのまわりの、真夜中と真昼と真夜中に
それが配分されたことを知るほど
おおくの翳りを与えよ。

まわりを見まわせ……
見よ、まわりが息づきはじめた――
死に際して! 息づきはじめた!
翳りを語るものは、真実を語る。

しかしいま、君の立っている場所は収縮しはじめる……
いま、どこに、翳りを失っていくものよ、どこに?
のぼれ。まさぐりながら高く。
きみはかすかになっていく、見えないほどに、かぼそく!
かぼそく……ひとすじの糸。
その糸をつたわってそれは降りようとする、石は……
下で泳ぐために、下で。
仄めくおのれの姿が見える
その場所……さまよう言葉たちの砂丘の中で。

飯吉光夫訳

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